「女性特有」という言い回しは嫌いだが、成功したり玉の輿に入ったりしたかつての同級生に対する複雑な思いなど実に繊細に描き出す。また舞台となる京都の魅力がそこかしこに見られるのも嬉しい。京都を舞台にした美術・工芸の世界となれば山村美紗の独壇場のようだが、この作品には水彩画で描くような透明さがある。また警察組織がほとんど出てこないのも個人的に好みだ。
しかし、この小説の魅力はそれだけではない。審査員も選評で触れている通り、冒頭の謎があまり見かけないタイプのもので、まず引き込まれる。そしてシンプルな状況下での密室殺人が惜しげもなく起こるのだ。密室にする必然性がないように感じるが、そこは鮎川賞ということで許されるのかもしれない。
内容に比して長さも程よくまとめられており、とにかくバランスが良いのだ。複数の審査員に受け入れられたのも頷ける。特に審査員の笠井潔は芸術家をめぐる主題性を評価したが、著者と同じくフランス留学という経験が何かを感じさせるのかもしれない。
鮎川賞は審査員が笠井潔、島田荘司らというので私も張り切って何度か応募したが蹴られ続けた。この作品クラスのものしか最終選考に残れないなら、相当に高い障壁であろう。ただデビュー作がこのレベルだと次回作以降がさぞかし大変だろうといらぬ心配をしてしまう。40歳を過ぎての遅いデビューだが、今後を見守りたい作家だ。
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[あらすじ]
麻美は美大時代の同級生、麗子の個展を観に来て麗子と旧交を温める。麻美はデザイン会社に就職したがリストラで首を切られた。一方の麗子は新進の画家として注目を浴びているのだ。麗子はフランス留学時代にフランス人と結婚し双子の姉弟をもうけた。息子の真之介は美少年だが失語症、娘の雪乃は利発だが肥満で反抗的と苦労が絶えない。
個展の会場で麻美の高校の同級生、由加が悲鳴を上げて騒ぎ出す。麗子の描いた「汝、レクイエムを聴け」という絵に衝撃を受けたらしい。由加は行方不明の夫、鷹夫の行方を麗子が知っているはずだと言い張る。しかし由加や鷹夫に全く面識のない麗子には何のことか分らない。
資産家の御曹司である鷹夫が姿を消したのは5年前だが、奇妙な状況だった。鷹夫の別荘から青酸カリの入ったワイングラスが発見され、それを飲んだらしい鷹夫は密室だった部屋から消失したのだ。由加によると生前の鷹夫の背中にあった刺青のマークが麗子の絵と同じだという。
不思議に思った麻美が麗子に問いただすと、麗子が絵に描いたのは夢で見た模様だと言う。俄かには信じがたい麻美は自分には心を開く雪乃とともにこの件を調べ始める。
やがて麻美の周りで密室を舞台にした事件が次々と起こる。
ラベル:ミステリー小説