2007年07月11日

お奨めミステリー小説 (141) 『天啓の器』 笠井潔

戦後ミステリー界最大の怪著『虚無への供物』を下敷きに書かれたミステリー。
私が同著を読み終えて間もなく、偶然に手に取ったものだ。

この物語は『虚無への供物』の作者である中井英夫の生涯に光を当てたものでもある。ミステリーの奥の院的な書物なので登場人物が口にする数々の話題もミステリーマニアのそれだが、読む側の予備知識が無くてもそれなりに楽しめる。ただし『虚無への供物』だけは読んでいないと理解が半減するだろう。

中井英夫については『虚無への供物』の項で触れたが、ここでは上流階級、生涯に渡って家政婦さんがいなければ何もできなかったような人物に描かれている。そして、ここに架空の人物を挿入することによって謎に満ちた人物の生涯をミステリー作品とするのだ。

本名こそ伏せているが、作者笠井をはじめとして実在の作家や評論家も変名で登場する。正直なところ、ミステリーマニアでない私には特定が定かではない。冒頭の対談など読みづらく閉口するが、我慢できなければ飛ばして読んでも構わないかもしれない。

作家である中井(ここでは仲居)の手記が登場するあたりからがぜん引き込まれる。どこまでが事実でどこからが虚構なのか?年齢からいって笠井が中井に会っていてもおかしくはないが、先輩作家をここまで書けるものだろうか?作家の執筆欲というのは凄い・・・と思っていると筆者の術中にはまる。

なお『虚無への供物』は作中で『ザ・ヒヌマ・マーダー(氷沼家の殺人)』となっている。アンチミステリーをネタにした本書もまたアンチミステリーだ。
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[あらすじ]

物語は全て異なる登場人物の一人称で語られる。

作家、仲居は終戦によって一転した価値観に虚脱感を覚えニヒリズムに陥っていた。追い討ちをかけたのが青函連絡船洞爺丸の海難事故だった。努力してもなかなか納得いくものが書けないある日、一人の若者が訪ねてくる。若者はトウアキオと名乗り仲居の大ファンであると告白する。初めは迷惑そうにする仲居だが、やがて自分の熱心なファンである美少年アキオと打ち解けていく。

ある日アキオは自分が書き溜めた小説『ザ・ヒヌマ・マーダー(氷沼家の殺人)』を仲居のもとに持って行く。仲居に読んでもらえるだけで感激するアキオだが、仲居はその小説に異様な衝撃を感じたようだ。

現代に生きる作家である天童、三笠らは破天荒な人生を送った仲居の生涯を辿るうちに奇妙な噂を耳にする。仲居は最後に看取られた病院で殺されたというのだ。上流階級出身で気難しい患者だった仲居は病院でも持て余し気味だった。同室の老人によれば、白い怪物が病室に現われ呼吸装置をはずしていったという。興味を引かれた三笠らはこの件を探ることにする。

仲居はアキオが自分の家庭について話さないのを不思議に思っていた。我慢できなくなった仲居がある日アキオの後をつけて行くと、そこは武蔵野にある広大な敷地に囲まれた屋敷だった。表札を見ると「檜沼」とあった。例の『ザ・ヒヌマ・マーダー』はどうやらアキオの家族をモデルに書かれた小説らしい。


天啓の器 (創元推理文庫)
東京創元社
笠井 潔


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posted by j-sakanoue at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | FY2004-FY2021 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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