そのミステリー作品の主人公は警視庁の加賀美捜査一課長だ。
加賀美敬介の頭文字 K.K.にちなんで名づけられたのが高木彬光の生んだ神津恭介だという。
それほどまでに専門家に高い評価を受けながら、あまり知られているとは言い難い作者である。
加賀美が登場するのは第二次大戦後間もない東京を舞台にした警察もので、雰囲気に独特の古めかしさがある。
復員兵が軍服を着ていたり、生活物資が闇市で取引されているといったところだ。
戦争が終りほっとする国民たちだが、貧しさゆえの犯罪も多く、当時の世相を感じさせる。
加賀美は巨体で迫力の持ち主だが、容疑者を引っ張り吐かしてしまえ、という戦前の憲兵的体質ではない。
観察と証拠集め、尋問で犯人を追いつめていくのだ。
一方人情も相当なもので、明らかにその原型はメグレ警視のようだ。
もっとも遺族に犯人逮捕を熱く誓うあたりはむしろ鬼平のようでもある。
『五人の子供』は焼け跡の東京を舞台にした哀切極まりない作品だ。
それでいて、あまり聞いたことのないしゃれたトリックが出てくる。
短い作品ながら無理がなく、トリックを使う理由も明白で論理的だ。
短編ミステリーの歴史に加えて良い作品だと思う。
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[あらすじ]
加賀美は街の食堂で、とある家族に目を留める。
それは一組の夫婦と5人の小さな子供からなる一団だった。
どう見ても裕福そうでないが、父親は子供たちに好きな注文をとってやる。
そんな夫を妻は心配そうに見ているのだ。
やがて加賀美はその家族の近くにいる男に気づいた。
顔に傷があるその男は一家の父親を観察しているようだ。
父親もその男に気づくと、絶望した様子で家族を連れ食堂を逃げ出す。
数日後、例の父親が刺殺体で発見される。
凶器は土中から発見されたナイフだと断定された。
父親は死ぬ前に家族に宛てて遺書を残していた。
その中には、借金で追われもう逃げ場がないことが書かれ、家族に迷惑をかけることを繰り返し侘びていた。
そして、5人の子供たちの行く末を案じていた。
捜査に当たった刑事たちはこの遺書に心を打たれ、遺児たちに犯人逮捕を誓うのだった。
犯人は加賀美が食堂で見た傷の男だと思われたが、事件をめぐって意外な展開が・・・
ラベル:ミステリー小説