2008年03月21日

お奨めミステリー小説 (200) 『街の灯』 北村薫

講談社「本格ミステリ・マスターズ」は書き下ろしの力作ぞろいだが、この作品は「別冊 文芸春秋」に連載された三篇をまとめたもの。おそらく連載中から好評を博し出版となったのだろう。

北村薫は綾辻や二階堂などの「新本格」と同時期にデビューした。しかし清張の社会派ミステリーに対抗するかのような「人里離れた館で連続殺人」といった奇抜な設定は用いず、多くの作品で「日常に潜む謎」を取り上げてきた。この作品はその延長上にあると思われる。しかしながらミステリーの舞台としては過去にあまり取り上げられなかったシチュエーションを採用しており、魅力的な作品群になっている。

まず時代と舞台の設定が出色だ。昭和初期で大正デモクラシーの影響がまだ色濃く残っている。主人公の少女は女子学習院の生徒で当時最高の上流階級の子弟と付きあいがあるのだ。とはいえ、少女の家系は旧大名や華族の姉弟と異なり、一介の士族だ。維新後に爵位はもらえなかったのだが、世渡りや商売の才覚に長けており成功したため、登校が許されているのだ。逆に、立派な家柄でも財産がないため維新後に苦労した華族も多かったとある。現実はどうだか良く分からないが、ありそうな話ではある。

そして、なにより登場人物の「ベッキーさん」の魅力が大きい。当時の身分社会(性すら?)を超越する彼女が登場するなり、完全に他の登場人物を喰っている。彼女に比較すると、他の華族の娘たちは個性に乏しく区別できなくなる。作者は「ベッキーさん」のこのキャラクターを大事にしているようで、彼女を登場させた段階から続編や最後の作品まで頭に置いていたという。

この作品が映像化されることがあったら、男装の麗人「ベッキーさん」の役は天海裕希にぴったりのようだが、個人的には釈由美子で決まりである。表題作のみあまり活躍してくれないのが唯一残念だ。

三篇を通し、主人公の周りで凶悪な事件が起きるわけではないが、当時の世相と上流階級の生活など妙にリアリティが溢れており、その雰囲気を楽しめる。末尾の数多い引用文献からも丹念な取材が伺われる。

元高校の国語教師で、仕事の傍ら文献調査し執筆していたという作者の美点が現われている。
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[あらすじ]

『虚栄の市』
旧士族で実業界で成功した花村家は検事を輩出するまでになっている。娘の英子は女子学習院の生徒だが、映画や演劇に興味津々だ。英子の父親は比較的理解があるので、たびたび監視付きで外出させてもらっている。なにせ同級生である華族のお嬢様の中には学校と家の往復しか知らない娘もいるのだ。

ある日学校でサッカレーの「虚栄の市」という小説が話題になる。興味を引かれ「虚栄の市」を読んでみた私は主人公ベッキーの強い生き方に感銘を受ける。その後、花村家に新しい運転手として別宮(べっく)みつ子という女性を紹介される。別宮は運転手でありながら英子の監視役で護衛でもあった。別宮の不思議な能力を目にした英子は彼女を「ベッキーさん」と呼ぶことにして何かと行動をともにする。

折りしも早稲田大学の学生が不可解な死を遂げ新聞が書き立てていた。
英子は「ベッキーさん」を相棒に謎を解こうと試みる。

『銀座八丁』
大大名の末裔で資産家の桐原侯爵の娘、麗子は英子の二年先輩で女子学習院でも憧れの的だ。英子はその美貌を誇る麗子から一緒に車で帰って欲しいと頼まれる。はじめは感激する英子だが、麗子の興味は英子ではなくベッキーさんこと別宮だった。桐原家を訪ねた二人に麗子の兄で陸軍参謀本部に勤める高級将校、勝久が近づいてくる。勝久もベッキーさんに興味を持ったようだ。

後日、二人は改めて屋敷に招かれる。
勝久は突然その席でベッキーさんに勝負を挑むと言い出し、二人を驚かせる。

『街の灯』
英子の一家は軽井沢に避暑に来ている。検事ながら探偵小説家でもある叔父も一緒だ。もちろんベッキーさんも運転手として同行している。

麗子の妹で英子の同級生でもある道子が卒業後に結婚するらしい。嫁ぎ先は桐原家のような伝統ある名家ではなく、新興財閥の跡取り息子、瓜生豹太だ。豹太は映画撮影が趣味で、自分で撮影したものを人に見せるのが好きらしい。英子には世慣れた豹太が道子に似合いの男と思えない。

その晩、上映会と称し瓜生家に集められた一行の中には婚約者と噂の道子の姿もあった。
ところが、映画の上映中に雷鳴が轟くとともに、会場で死んでいる婦人が発見される。

状況からみて彼女はショック死したようだが、不審に思った英子は調査を始める。

街の灯 (文春文庫)

街の灯 (文春文庫)
文藝春秋
北村 薫


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posted by j-sakanoue at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | FY2004-FY2021 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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