著者が女性だからということはないだろうが、とにかく描写が細かい。特に一二三の娘である江真が母親の新しい夫を観察して「頼りない」、「目つきが卑しい」などとあげつらうのはきつい。そういう子供に育った環境を描くことが重要な伏線となっている。
パスツールの伝記の翻訳者でもある著者は理系の人らしいが、登場人物の行動を理屈で割り切ることもなく、彼らの心情解釈に多様な可能性を残している。惜しむらくはなかなか魅力のある大学研究者たちが最初の登場以降は出番が少ないことだ。
物語の舞台として京都と札幌が交互に出てくるのだが、主人公は札幌大学理学部の出身ということになっている。どうも様子からして北大がモデルのようなのだが、実は札幌大学というのは実在する。ただし私立の文系大学だ。名古屋大学でなく愛知大学、東北大学でなく仙台大学が実在するのも似たようなものだ。
実は主人公かもしれない江真のその後を考えると、ラストは単純なハッピーエンドとはいえない。しかし著者特有の夢見るような余韻を残して終わっていく。これはこれで悪くない。
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[あらすじ]
京都の大学で医学部に勤める研究者、秋沢宗一は後輩の結婚式に行き、招待客の中に妖艶で美しい女性、亜木帆一二三とその娘、江真を見かける。
一二三は13年前、宗一が札幌の大学生だったときに知り合った。アイルランド人の父親との間に生まれた当時2歳の江真を連れた一二三と宗一は一緒に暮らすことになり、江真も宗一になついてくれた。
しかし突然、宗一に愛想を尽かしたように、一二三は娘を連れて姿を消した。
当時の宗一は呆然として親子を捜し回ったがその行方は分らなかった。
やがて宗一は奇妙な噂を聞く。一二三はあれから二度結婚したが、夫は二度とも殺人事件の被害者になった。
その結果、一二三は大きな遺産や保険金を手に入れたのだ。しかも二度とも犯人は捕まっていない。
被害者の家族は未だに一二三に疑いの目を向けている。
最初から金目当てで近づいたというのだ。しかし彼女には二度の殺人事件とも完璧なアリバイがあった。
宗一の昔の印象では、一二三は金に執着を見せることはなく、むしろ純愛志向の情熱家だった。
しかし結婚式で久しぶりに会った一二三の印象はどことは言いにくいものの確かに昔と違う。
宗一が悶々とする一方で一二三の娘、江真は母親のことで好奇な眼に晒されうんざりとした毎日をおくっていた。
母親と過去に付きあった男たちはつまらない者ばかりだった。
しかも二人も続けて殺されてしまったため世間の目は冷たく、身の置き所がないのだ。
しかし最近結婚式で見かけた宗一という男が母親と知り合いだということを知り、少しはましかもと知れないと思うようになる。
ラベル:ミステリー小説