前人未踏の11回目の優勝だが、一般棋戦(タイトル以外)の優勝は45回目でこれも単独一位。
かの大山康晴大名人を越えたことになる。
もちろん大山時代の棋戦数は今より少なかったはずだから、大山がいかに偉大かが改めて分かる。
私は生で大山名人を見たことがなく、メディアを通した最晩年の丸くてつるっとした印象しかない。
しかし若い頃は羽生そっくりだったと言っていたオールドファンがいた。
見た目だけでなく将棋の質も似ていると言ったのが 真部一男 だ。
自分はどうということのない手を指して、重要な局面で相手に選択させる。
その結果、対戦相手は勝手に転ぶのだそうだ。
「良い手で勝つ」のではなく、「悪い手で負ける」のが将棋の本質。
それを自然に指して勝ちに結びつけるのが大山と羽生の二人という。
「棋は対話」などというとのどかなようだが、実は相手に毒を吹き込むのが勝負術と言うことか?
それを象徴するかのようだったのが、先のNHK杯の決勝戦。
それまで素晴らしい将棋で、阿部健、広瀬、森内らに勝ってきた郷田九段が、中盤羽生に迷わされて自滅。
放送時間を大幅に余らせてあっけなく終了した。
終わってみたら、羽生はなにも妙手は指していない。
怪しげな手渡しに郷田が迷って間違えただけだ。
「羽生マジック」というと終盤の逆転術に思われがちだが、それは単に終盤が相手より強いということ。
むしろ相手を迷わせる心理術を自然に指して盤面を支配することが、大山・羽生将棋の強さの本質か?
昭和、平成を代表する大棋士に共通する勝負術である。
このタイプの人は広い視野を持ち、専門外のことにも理解力に長けている気がする。
ちなみに 羽生による大山戦の思い出エッセイ がおもしろい。
かつて「お兄さん、羽生さんに似てるね」と盤屋のおやじに煽てられ、高い将棋盤を買ったことを思い出す。
彼もまたその道の勝負師であったのだろう。
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